子どものシアワセのカタチ
~生活者参加型プロジェクトから見えてきた子どもの新市場~
博報堂生活総合研究所 主任研究員
筧 裕介
【生活定点調査】の「今後お金をかけたいもの」という質問で、この10年間で最も大きく伸びたのが「子どもの教養・勉強にかけるお金」(グラフ)。大不況と呼ばれるこの時代でも、子どもへの投資意欲は健在のようです。10年間で「塾、家庭教師をつけた方が良い」は15.2%から20.8%に上昇し、「習い事やスポーツをさせた方がいい」は70%弱という高い水準を保っています。子どもの将来のシアワセのために豊かな体験を積ませたい、そんな親心が見えてきます。
昨年8月から今年3月まで、子どものシアワセな未来のために必要な商品、サービス、空間などの新しいカタチを全国の大学生が考えるプロジェクト「子どものシアワセをカタチにする」(主催:博報堂生活総合研究所 生活造形ラボ)が開催されました。今月はこのプロジェクトについて報告しつつ、子どもをターゲットにした新たな市場機会を探ります。

「子どものシアワセをカタチにする」プロジェクト
プロジェクトの参加者は、全国各地のデザイン、建築、教育、医療などさまざまな専門分野の大学生34組68名である。子どもと保護者との交流・実験調査を通じて、子どもの生活実態を把握し、課題を発見するワークショップ、各自が見つけた課題を解決する多種多彩なカタチを造る合宿を経て、約30のユニークなカタチが提案された。学生が造り上げたカタチとともに、「子どものシアワセのカタチ」5つの市場機会を紹介していく。
市場機会① 偶然を導くカタチ
大人になると事前に計画し、その実行のために必要な人と会い、必要な行動を取ることが求められる。しかし、人生それだけではつまらない。何気ない出会いから始まる恋、本屋でたまたま手に取った本など、偶然は人生を豊かにしてくれる。しかし、いまの子どもはそんな経験が不足しているようだ。生活は学校、塾、習い事など、分刻みで決まっており、必然に支配されている。帰り道に道草して、面白い人・モノ・場所と出会う経験が減っている。そんな偶然の発見、出会いを促すカタチに市場機会がありそうだ。
京都市立芸術大学の茗荷君と川口君は、安全に道草でき、面白いものを発見するための道草グッズを扱うお店「道草商事」を提案してくれた。見知らぬ場所を歩き回っても帰れるように自宅方向を指す矢印が頭についた帽子「家サス」、自分の体で色々なもののサイズを測れる「測Tシャツ」などユニークなグッズが満載だ(図1)。

ほかにも、新しい本との出会いを導くための図書館、色々なものから音を作る喜びを知ってもらうためのガイドブックの提案などがあった。
市場機会② 居場所を取り戻すカタチ
空き地、川辺、あぜ道......、街から子どもの居場所が消えている。都市化が進み、自動車があふれ、安全に自由に使える場所が見当たらない。そんな子どものための場所を取り戻すカタチが求められている。
東京藝術大学の小笹さんが提案してくれた「放課後食堂」は、一人で食事を取らざるを得ず、栄養の偏りや寂しさという悩みを抱えている子どものための食堂。同じように孤独を抱える独り暮らしの高齢者と結びつけ、お年寄りが腕を振るい、子どもが手伝い、一緒に食事を楽しむことができる地域の食堂だ。
子どもたちの陣地を子どもたち自身が主張し、取り戻すために街をマーキングしていくサインの提案、街に眠っている空き地を子どもに開放する仕組みの提案なども寄せられた。
市場機会③ 緩やかに見守るカタチ
子どもの居場所が消えている原因の1つが治安の悪化である。子どもが巻き込まれる犯罪が増え、保護者は地域の安全に疑心暗鬼になっている。安全確認ツールとして、携帯電話が普及しているが、新たな犯罪を誘発する原因にもなっている。
子どもを機器で監視するのではなく、そっと見守ることができないかと考えたのが、東京藝術大学の今井君が提案した「ベンダークエスト」だ。街中に無数にある自動販売機に専用ICカードをタッチすると、自動販売機の種類により異なるポイントがたまる。タッチと同時に、子どもの行動を知らせるメールが保護者に送られる。専用サイトにアクセスすれば、詳細な居場所を知ることもできる。子どもはゲーム感覚で自然とタッチし、無事を親に伝えられる(図2)。

6歳で役割を終えてしまう母子手帳に機能を追加し、成人まで延長する新しい健康手帳の提案、家に閉じこもるのではなく、地域の大人と交流しながら楽しむテレビゲーム機の提案などもあった。厳しい"監視"ではなく、優しい"緩視"のためのツールが必要とされている。
市場機会④ すれ違いを埋めるカタチ
子どもたちはとにかく忙しい。友だちと遊ぶためには「アポを取る」必要があるようだ。親も忙しい。家に帰ると誰も待っておらず、「おかえりなさい」を聞けない子どもが増えている。そんな友人間、親子間のすれ違いを解消するカタチへのニーズが見られる。
金沢工業大学の紺谷君と村崎君が提案してくれた「Nigiron」。距離が離れていてもより気持ちや感情を伝えたい、感じたいというニーズに応えられるように、硬度、温度、形状、刺激など触覚による新しいコミュニケーションを可能にする携帯電話だ(図3)。そのほか、親子でメッセージを伝え合うための伝言板のカタチなどが提案された。

市場機会⑤ ココロを支えるカタチ
いま、子どもたちの心の問題が深刻だ。キレる子ども、うつ病になる子どもなどが多発している。子どもが狭い世界に閉じ込められ、厳重に守られているためと、京都府立医科大学の藤戸君と東京工業大学の益冨さんは指摘し、子どもたちに将来、社会で経験する自分では解決できない困難を体験するテーマパーク「理不尽ランド」を提案してくれた。
話の通じない人とつきあわねばならない、上司の間違った指示で失敗する、運に見放されるなど、社会で起きうる理不尽な経験をアトラクション形式で楽しませる提案だ。図4は、どんなに頑張っても最後はみんなが横一線でゴールする「横並びゴーカート」、30分の1の確率で遠くに飛ばされてしまう「ロシアンルーレットコースター」である。

ココロの問題の原因が親子のスキンシップ不足と考え、親子が自然と触れ合える新しいタイプの運動会など、ユニークな提案が集まった。子どもの心のケアのための商品、サービス、空間が必要とされているに違いない。
ビジネスチャンスはクリエイティブな発想に眠っている
今回、学生が提案してくれたカタチはすぐに商品化、ビジネス化されるものではない。理不尽ランドというテーマパークなどは非現実的な提案かもしれない。しかし、そんなクリエイティブな発想には新たなイノベーションのきっかけが眠っている。いまあるもののカタチを疑い、ゼロから考え、新しい発想で新しいカタチを造ること、そこに大きなビジネスチャンスがあるに違いない。
(掲載 : JRガゼット・2010年3月号・株式会社交通新聞社)
調査概要
「生活定点」
調査目的 : 2年ごとに同じ質問を、繰り返し同一条件の層の対象者に尋ね、人々の生活動向の変化を量的にとらえる。
調査地域 : 首都40㎞圏(東京・埼玉・千葉・神奈川・茨城)、阪神30㎞圏(大阪・京都・兵庫・奈良)
調査対象 : 20~69歳の男女
調査方法 : 訪問留置法
調査時期 : 隔年5月(2008年度:5月14日~6月2日)
サンプル数 : 1992年:1,976名、1994~2002年:2,000名、2004年:3,105名、2006年:3,293名、2008年:3,371名 (有効回収)
男女それぞれ5歳刻みを1グループとして、最も少ないグループでも有効回収数が125人となるように、2005年国勢調査結果に基づきサンプルの割付を行った。
サンプリング : 該当エリアの町丁目別世帯累積表より、1地点10人前後とした時の地点を等間隔で抽出し、該当地点で対象者を設定した。