嶋本達嗣
私たちにとって「安心するカタチ」とは、どのような形状でしょうか?人々の頭の中にある「不安」と「安心」のイメージを、図形や記号として採取する調査を行ってみました。310人の直筆による安心図形には、「こんな気持ち、こんな環境で暮らしたい」という深層心理が滲んでいます。本プロジェクトでは、安心図形の分析を通じて、生活者の潜在的欲求を発見するとともに、次の時代に求められるデザインのあり方を考えていきます。
| 狙いと手法 | 不安や安心といった漠たる感情を絵として表わし、その絵を自ら評論してもらうことで、見えざる欲求を可視化する。 |
|---|---|
| 対象 | 生活総研オリジナルパネル《生活発見パートナーズ》 首都圏の10代〜70代男女 |
| サンプル数 | 310人 (有効回収数) |
| 調査時期 | 2008年7月 |
| 調査票 |

調査の対象者の性・年代は多様ですが、個々人の描く「安心のカタチ」を眺めていくと、そこには、いくつかのパターン(様式・ひな形)が見出せます。人々の気持ちの奥にある安心の像は、大きく4つのパターンに分類されます。
1. 【円】がつくる安心
2. 【波】がつくる安心
3. 【体】がつくる安心
4. 【網】がつくる安心
この4つのパターンに沿って、それぞれの図形と作者のコメントをご紹介していきます。
PATTERN 1
【円】がつくる安心
不安の図形としては、尖ったものや鋭角的な記号が目立ちますが、安心図形には、角がなく丸みをおびた絵柄が多く見られます。【円】は人を安心させるということでしょう。ただし、その【円】にも、いくつかの分類があります。
まず、一筆で「まんまる」を描いた回答です。

(左:25歳男性/右:66歳女性)
こうした【完結円】を描いた人のコメントとしては、
・ 満月のイメージ、自然の持つ恒久性(25歳男性)
・ 完結している感じ(35歳男性)
・ 丸は「肯定」を意味している(51歳男性)
・ 大仏さまの掌(66歳女性)
といった声が並びます。
ただ一つ、欠けのない円・・・その全体性に安心があるのだと思われます。
一方、幾重にも円を描いた人たちもいます。

(左:19歳女性/右:30歳男性)
・ すべてを包み込む感じ(19歳女性)
・ 覆ってくれる。つつまれている感じ(30歳男性)
・ 多くの輪に守られて中にいる感じ(46歳女性)
といったコメントが並びます。
【多重円】の中で、包み守られていたい、そんな欲求の表れを感じます。
複数の円の描写として、大小様々な円が宙に浮かび融合している絵も目立ちます。
ふわふわと緩やかな環境を連想させるパターンを、【群遊円】と名付けてみました。

(左:21歳女性/右:61歳女性)
群遊する円のコメントとしてては、
・ なごやかな雰囲気、ホワホワ感(21歳女性)
・ 大小の丸が重なり合い、ふわふわ(46歳女性)
・ ふんわりと寄り添っている感じ(56歳女性)
と言う声が並び、「ホワホワ」「ふんわり」「ふわふわ」など、柔らかさが安心の鍵になっています。
群れ飛ぶ円は、最後には重なり、そして溶け合って花弁や雲の形へと展開されていきます。

(左:30歳男性/右:39歳女性)
・ 雲のような柔らかいものに包まれている感じ(30歳男性)
・ 桜の花のような、雲のような(32歳男性)
・ 花のような、水紋のような丸み(39歳女性)
ただ一つの円は、多重になったり、群遊したりしながら、最後は【溶解円】へと至る、そんなストーリーが読み取れます。【円】がつくる安心、それは線の丸みという和らぎや優しさとともに、ぐるりと包んでくれる包容力にあるようです。
PATTERN 2
【波】がつくる安心
安心図形の二番目のパターンは【波】です。不安の図形としては、ランダムに急変する絵柄が多く上がるのに対し、安心は一定のリズムを刻む風景が表現されています。

(18歳女性)
水平線のような絵を描いたこの人は「一定、邪魔なものがない」とコメントしています。いわば【凪】の安心といったところでしょう。
ここに、やや風が吹いてくると、以下のような絵になります。

(左:58歳女性/右:59歳女性)
二人の女性は、ともに【さざ波】の安心像を描いています。
・ おだやか、同じリズム(58歳女性)
・ ゆらゆらと一定のリズム(59歳女性)
寄せては引く、繰り返される自然の営みが安心を誘うようです。
さらに大きくダイナミックな【うねり】を描いた人もあり、連なる大波は、丘や山の稜線のイメージへとつながっていきます。


(左:25歳女性/右:61歳男性)
・ おだやかに連なるやわらかい丘(25歳女性)
・ 丸びをおびた波、あるいは山や丘、身体をあずけられる安心感(59歳女性)
明日さえも読めない変化の激しい時代、おだやかに繰り返されるリピートに身をゆだねたいという欲求を、【波】の安心図形は映し出しています。
PATTERN 3
【体】がつくる安心
立体や物体が安置されている状態を描いた絵も多く見られます。まず、地面に線を引き、その上に大きな立体を配置するというパターンです。「動じない」・・・その【体】の構えが安心へとつながるようです。【体】がつくる安心には、3つの構えがありました。
一番目は【置く安心】です。
何人もの人が、立方体や三角錐などを地上に「どん!」と配したシンプルな絵を描いています。

(左:27歳男性/右:39歳男性)
こうした【置く安心】のコメントとしては、
・ 高さはなく底面積の大きな建物(27歳女性)
・ 末広がり(39歳男性)
・ どっしりと堅実(64歳男性)
など、「地に足のついた感じ」をアピールする声が多く、この安心のポイントは《底面積》と地面との接合度にあることがわかります。
次の構えは【積む安心】です。
地面に立体という構図は、【置く安心】と同じですが、物体が一つではないパターンです

(左:26歳男性/右:41歳男性)
こうした図を描いた人々の気持ちは、積めば積むほどに重量は増え「動じない」ということでしょう。積み上げていくプロセスが、安心の確信へとつながっていくようです。
三番目は、少し変わった立体配置です。
地面に穴や窪みを掘り、そこに体を安座させるという【掘る安心】です。


(左:34歳女性/右:58歳男性)
・ 体がすっぽりおさまる感じ(34歳女性)
・ 地べたにきちっとはまって動かない状態(58歳男性)
つまり、「転がらないこと」・・・それが安心の条件になっています。
【体】がつくる安心図形は、環境に振り回されない、状況に揺らがない、そんな確かさを求める気持ちを表現しています。
PATTERN 4
【網】がつくる安心
安心図形の最後のパターンは、【網】、つまりネットワークです。人とのつながり空間やつながり環境を描いた絵柄です。パターン1の中に【多重円】がありましたが、円の中で包まれていたい欲求がある一方、人は封鎖や閉塞を怖れているようです。自分と他者の出入り自由な【通気網】が欲しいのです。

(左:53歳男性/右:60歳男性)
・ 閉塞感がなく、のびのび外界と交通している(53歳男性)
・ 広い場所、空気の流れている所(60歳男性)
生活に窒息しないように、通気口を開け、外界とつながっていることが安心をもたらします。
また、自分のポジションを固定せず、自由に動き回れる環境、【自在網】というパターンも見出されます。

(左:56歳男性/右:59歳男性)
・ いつでも好きな時に上下へ、自分の好きな場所を選べる形(56歳男性)
・ 網が張ってあり、どこへでも行ける梯子がいっぱい出ている(59歳男性)
何処へでも行ける、戻ることもできる、そんな自己の可能性の広がり・・・それが安心をつくるのでしょう。上記右図の59歳男性は、どこへでも行ける魅力に加え、「突然に落下しても強くて柔らかい網がある」とコメントしており、この【自在網】が【緩衝網】としても機能していることを強調しています。自在にして安全なネットワーク、それが人々の求める「安心のカタチ」なのかも知れません。
安心図形の数々を4つの様式に整理してご覧いただきました。これらの図のパターンは、人々の欲求の因子とも言えます。つまり、各パターンは「円の欲求」「波の欲求」「体の欲求」「網の欲求」とも読み換えることが可能です。ここからは、図形に浮かび上がった潜在欲求を、モノづくりや地域の開発、都市設計に活かしていくための視点を提言していきます。
ウィーンの古い教会は、その入り口が半円に窪んだ建物になっています。聖母が傷ついた人々を抱きかかえる姿がモチーフであると聞きました。「抱擁建築」とでも言えるようなデザインです。柔らかなものに包まれていたい、窪みに収まっていたい、網に受け止めて欲しい・・・安心図形が映し出している人々の気持ちは、抱擁への願望と言えます。抱擁建築という考え方は、店舗のデザイン、余暇施設のデザイン、オフィスのデザイン、そして住宅のデザインにも適用されるべきカタチだと思います。ヒトがヒトを包み込むフォルムの抱擁家具や、抱擁バス、抱擁寝具などといった発想も出来るでしょう。抱擁のデザインのテーマは、丸みという形状とともに、素材の弾力性や温もり、つまり人体の再現と言えましょう。
【波】がつくる安心でも示したように、一定のリズムで繰り返される景観に、人は安心を感じます。また、【円】の安心に描かれた多重円や水紋も反復ですし、さらに、【体】の安心で提示したオブジェクトを積み上げる行為も反復です。こうした「反復する景観づくり」が、新しい安心づくりとなっていきます。たとえば室内景観で考えてみましょう。私たちの部屋中には、様々な形状、様々なデザイン・トーンのモノが入り混じっているのが普通です。その雑然さが、空間の落ち着きや安らぎを削いではいないでしょうか。今後は、同じフォルム、同じトーンの家具や食器、家電で室内を統一する「反復インテリア」が注目されるかも知れません。都市景観も、また然りです。歩いていて反復性のある建物や街路のデザイン、穏やかなリズムを感じさせる地域開発が期待されます。
人々の安心願望は、「どっしりした安定感」「確かさ」に向かっています。【体】がつくる安心図形は、まさしく「動じない」志向を表わしていますし、【完結円】のコメントにある「大仏さまの掌」は、安定の象徴と言えます。モノづくりにおける安心の表現を考える時、重力を体感させるデザインは重要な視点となってくるでしょう。実際は軽いのに、見た目が「重たそう」といったフェイクでは安心は体得できません。たとえば、あえて重たいテーブル、重たい食器、重たいカメラ、重たい腕時計、重たい書籍・・・、そんな重力発想が安心の実感につながると思われます。もちろん、それが使い手にとってのバリアとなっては本末転倒。「楽しめる重さ」の設計、そのチューニングが鍵となっていきます。
家族の対話やふれあいを計測し、そのデータから住宅設計を提案しているリフォーム会社があります。いわば「つながりをデザインする」サービスです。【円】の安心図形と、【網】の安心図形には、人との緩やかで自由なつながりを求める意識が表現されていました。すでに、一般住宅のインテリア・デザインやオフィス・デザインにおいても、そこに行き来する人どうしの対話を誘発するカタチが注目されています。この考え方は、都市設計においても重要となってくるでしょう。すれ違う市民どうしが、声を掛け合いやすい道づくり、広場づくり、駅づくり・・・。コミュニケーションの活性化は場のカタチと大きく関連しています。人間の持つ情報と空間の形式がリンクした時、そこに安心都市の姿が浮かび上がります。
安心図形の分析を通じて見出された潜在欲求から、今後の社会に求められるであろうデザインへの視点を考察してきました。重要なことは、「ヒトのキモチをカタチにする」ことです。人々が暗黙的に抱いている安心のイメージを、モノや住宅、都市環境として再現していくことこそが、安心づくりの実践です。本研究報告が、その実践の一助となれば幸いです。




